旅を持ち帰る鞄 グローブトロッター

旅には、不思議なところがある。

目的地へ着くことだけを考えるなら、移動はできるだけ速く、安く、効率的である方がいい。

飛行機に乗り、ホテルへ行き、観光地を巡り、帰ってくる。

しかし、時間が経ってから記憶に残っているのは、必ずしも目的地だけではない。

空港で待った時間。
知らない町で迷ったこと。
ホテルの部屋の匂い。
雨に降られたこと。
駅のホーム。
誰かと交わした短い会話。

旅とは、場所を消費することではなく、世界からいくつもの「点」を受け取ることなのだと思う。

そう考えると、旅行鞄という道具も少し違って見える。

荷物を運ぶための箱ではない。

人間が世界へ出ていくとき、いつも隣にいる道具である。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)というブランドの面白さは、高級な旅行鞄を作っていることだけにはない。

むしろ興味深いのは、100年以上にわたり、「移動する人間のそばに置かれる道具」を、ほとんど変わらない基本思想で作り続けてきたことにある。

紙から作られた旅行鞄

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)は1897年、英国人デヴィッド・ネルケンによってドイツのザクセンで創業された。ブランドを特徴づけたのが、軽さと強度を併せ持つヴァルカナイズド・ファイバーボードという素材だった。現在の製品にもこの素材が使われ、英国で手作業による製造が続けられている。

名前だけを聞くと、何か特殊な樹脂や金属のように思える。

しかし、その主原料は紙やコットン、木材由来のパルプである。複数の層を圧着して作られ、GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)ではそれを熱と圧力を使って成形する。強く、軽い一方で、加工には繊細さが要求される素材でもある。

ここが面白い。

現代の高級旅行鞄という言葉からは、カーボンファイバーやアルミニウム、最新の樹脂素材を想像しやすい。

ところがGLOBE-TROTTER(グローブトロッター)の中心にあるのは、紙を起点とした素材である。

技術革新という言葉は、ときに「古いものを捨て、新しいものへ置き換えること」と同義に扱われる。

しかし、本当にそうなのだろうか。

一つの素材を100年使い続ければ、人間はその癖を知る。

どこまで曲げられるのか。
どこで割れるのか。
どうすれば軽くできるのか。
どうすれば強度を残せるのか。
どこを革で補強すべきなのか。

知識は、素材の外側から与えられるだけではない。

長く付き合うことで、素材の側から教えられるものがある。

素材を完全に支配するのではなく、素材の性質を読み、その性質と人間の要求のあいだに形を見つけていく。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)のケースは、その一つの回答に見える。

なぜ、もっと合理的な形にしないのか

現在の旅行市場だけを見れば、スーツケースにはかなり合理的な進化が起きている。

軽量化。
大型キャスター。
ファスナー。
伸縮ハンドル。
ポリカーボネート。
USBポート。
スマートロック。

旅行という行為を効率化するための機能は、今後も増えていくだろう。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)も車輪付きモデルなど実用上の変化を取り入れてきたが、基本となる箱型の造形、ヴァルカナイズド・ファイバーボード、革のハンドルやコーナーパーツという視覚的な文法は強く残っている。ブランド自身も、この特徴的な構造と素材を長く使い続けていることをアイデンティティとしている。

では、なぜすべてをもっと合理的にしないのか。

ものづくりには、
機能的合理性とは別の合理性
がある。

たとえば革の靴は、スニーカーより重いことがある。

機械式時計は、スマートフォンより正確に時刻を知る道具ではない。

万年筆は、ボールペンより面倒である。

それでも人は使う。

そこには、使う行為そのものに価値がある。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)にも、それに近いものがある。

空港で最も効率的な箱を作ることだけを目標にすれば、おそらく別の形になる。

GLOBE-TROTTERが作っているのは、
移動効率を最大化する装置ではなく、旅という行為にふさわしい道具

傷は、欠陥なのか

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)のプロダクトケアに関する説明には、非常に象徴的な考え方がある。

ケースについた小さな擦り傷や傷について、必ずしもすべてを消す必要はなく、旅の記憶として残すこともできると案内している。

これは、現代の商品思想とは少し逆向きである。

多くの商品は、新品の状態を頂点としている。

開封した瞬間が最も美しく、その後は少しずつ劣化する。

傷がつく。
色が変わる。
角が擦れる。
古くなる。

だから買い替える。

しかし、本当にすべての製品がその考え方でよいのだろうか。

革製品では、使うことで色が変わり、柔らかくなり、その人固有の表情が生まれることがある。

そして旅行鞄にもある。

世界を移動すれば、当然傷がつく。

航空会社に預ければ丁寧に扱われるとは限らない。

雨にも遭う。

床にも置く。

列車にも積む。

だから傷を完全に避けようとすると、旅行鞄を使うことそのものと矛盾してしまう。


傷を防ぐことだけを考えるのではなく、傷が意味を持つような道具を作る。

この発想は、とても美しい。

傷を「性能低下」とだけ見ない。

時間の記録として受け取る。

ここには、これからのものづくりを考えるヒントがある。

修理できるということ

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)は現在も修理サービスを提供している。同社は、ケースが手作業で作られているため、多くの部位について修理や交換が可能だと説明し、英国ハートフォードシャーの工場などで修理を受け付けている。

これは単なるアフターサービスではない。

商品設計の思想そのものに関係している。

壊れたら捨てる商品と、壊れたら直す商品では、最初から設計思想が違う。

修理するには、

部品を外せなければならない。
交換できなければならない。
構造を理解できなければならない。
修理する技術を残さなければならない。

つまり修理可能性とは、商品単体の問題ではない。


設計・部品・技術・人材・記録を何十年も維持すること

なのである。

静洋堂では、ものづくりの一つの考え方として「Repair First Design――修理を前提とした設計」を考えている。

最初から、

いつか壊れる。
いつか傷む。
いつか交換が必要になる。

ということを受け入れて設計する。

これは「壊れない製品」を目指す思想とは少し違う。

むしろ、
壊れても終わらない製品を作る。

その方が、人間と道具との関係は長く続く。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)が興味深いのは、その考え方を宣言だけではなく、実際の修理体制まで含めて成立させているところである。

長く使えるものと、長く使いたいもの

耐久性の高い商品なら、世の中にはたくさんある。


長く使えることと、長く使いたいことは違う。

ここが重要だと思う。

どれだけ丈夫でも、5年後に古臭く感じれば、人は買い替える。

どれだけ修理可能でも、愛着がなければ修理しない。

だから長寿命製品を作るには、物理的耐久性だけでは足りない。

時間に耐える形が必要になる。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)のデザインには、流行から一定の距離を取った強さがある。

新製品でありながら、どこか昔から存在していたように見える。

20年前のケースと今日のケースを並べても、そこに連続性がある。

この「変わらなさ」は、停滞とは違う。

むしろ、
変えなくてよいものを判断できている

ということなのだと思う。

ブランドにとって難しいのは、変わることではない。

変えるべきものと、変えてはいけないものを見分けることだ。

旅とは、世界と出会うこと

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)自身も、旅について、単にどこへ行くかだけではなく、人や場所との出会いによって人間の人格が形づくられていくものとして語っている。

この考え方は、静洋堂が考えている「知の循環」とよく重なる。

人間は、最初から完成した考えを持って世界を見るわけではない。

世界へ出る。
知らないものを見る。
知らない人に会う。
文化に触れる。
食べる。
歩く。
迷う。
失敗する。
美しいと思う。
何かおかしいと感じる。

そうして、自分の中に新しい点が増えていく。

旅とは、その最も分かりやすい方法の一つなのだと思う。

そして旅から帰ってきたとき、変わっているのは鞄だけではない。

人間も少し変わっている。

鞄には傷が増える。

人間には経験が増える。

どちらも、出発したときとは同じではない。

だから旅行鞄の経年変化には、不思議な説得力がある。


人間が世界から受け取った時間を、鞄も一緒に受け取っている。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)は何を売っているのか

もちろん旅行鞄である。

しかし、もう少し抽象度を上げて考えると、それだけではない。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)は
旅の器
なのではないか。

器の中に衣服を入れる。

しかし同時に、その外側には旅の時間が蓄積されていく。

傷。
ステッカー。
革の色。
金具の擦れ。
修理跡。

それらが増えるほど、同じ型の商品でも、それぞれ別の道具になっていく。

大量生産品は、通常、個体差をなくす方向へ進む。

しかし長く使われた道具は、その逆へ進む。

時間が経つほど、

持ち主固有の一個になる。

ここに、高級品の一つの本質があるように思う。

高級とは、価格が高いことではない。

人間との関係が深くなる余地があることなのではないか。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)に注目する理由

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)を見るとき、英国の高級ブランドだから注目するわけではない。

興味があるのは、

一つの素材を長く使うこと。
職人の技術を残すこと。
構造を急激に変えないこと。
壊れたものを修理すること。
そして、道具を人間の時間とともに育てること。

これらが一つの製品の中につながっているからである。

古いから捨てるのか。

効率が悪いからなくすのか。

新技術に置き換えられるから、昔の技術はいらないのか。

そうではない。

重要なのは、古いものを無条件に守ることではない。


そこに何が残すべきものとして存在しているのかを見極めること。
素材なのか。
技術なのか。
構造なのか。
美意識なのか。
修理する能力なのか。
人と道具との関係なのか。

それを見つけ、新しい時代の中へ接続し直す。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)は、100年以上前の旅行鞄をそのまま保存しているブランドではない。

古い設計思想の中から、今も意味を持つものを残しながら、旅行という現代の行為へ接続し続けているブランドである。

そこに人々は惹かれる。

新しいものを作ることだけが、未来を作ることではない。

過去に蓄積された知と技の中から、
未来へ持っていく価値のあるものを選ぶこともまた、ものづくりである。

旅立つ前、GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)のケースは空である。

そこへ衣服や道具を詰めて世界へ出ていく。

そして帰ってくる。

中身を取り出せば、また空になる。

けれども、本当は完全には空にならない。

小さな傷が残っている。

革の色が少し変わっている。

そこには、確かに時間が残っている。

もしかすると、良い道具とはそういうものなのかもしれない。


使うほど減っていくのではなく、使うほど何かが蓄積されていく。

GLOBE-TROTTER(グローブトロッター)という旅行鞄は、旅を運ぶための箱であると同時に、


人が世界と出会った痕跡を持ち帰る、それぞれの人にとっての記憶装置なのだと思う。

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